2021-06-01

世界を面白がる超絶強い磁力を持った、クロスカルチャーな居場所が作りたい

文化交流が生まれることで豊かに学ぶこと(=違うものへの理解・尊敬)あり。
交流あるところにコラボレーション、イノベーション(=違いを前提とした協創)あり。
コラボレーションやイノベーションあるところに最先端の高度な価値創造(文明)あり。

その終着点である現代の面白さを俯瞰するには、これまでの世界の文化交流と「歴史」を理解することが必要。
いや、もう姿を変え、形を変え、何度も書いていることなんですけどね。
私のことをよく知っている方は「ハイハイ」と思って読み飛ばしてくださっていいですよw。

なんのためにこの活動をしているのか。

楽しいから、というのはもちろん大大大大前提なのだが、
なぜ楽しいのか?と考えたときに、やはり大いなる「場の創り出す磁場、可能性」
の大きさがあるからなのだろう。
磁力のあるコミュニティで磁力の強い、超面白い創造(コンテンツ)が生まれる場所をつくりたい。
その場の人の力によって、好奇心が多様に加速して増幅され、きっと「わくわく」がとまらない。

なぜコミュニティなのか?

別に自分で発信すればいいようなものなのだが、マイノリティはマイノリティの仲間を求めているものだ。
わたしのように実は関心があって、同じように楽しみたいのだが周りに偏愛仲間がいないと心を痛めている人もいるだろう。
そういう人たちが集まり合って、お互いにモチベーションがあがれば、より毎日が楽しくなる。
そして何より、私がそういう「物事を自発的に面白がれる力と行動力を持った」人たちと出会いたいと思っている。
かといって、ベタベタしたいわけでは全くない。あくまでもそれぞれの本分をベースに自立している大人たちの、価値の交差点のようなところ。なんというか、ルイーダの酒場的触媒といったらいいのか、役割を終えたら次の場所を目指せるようなオアシス
であるところ。みんなが自分の興味関心個性を生かしながら、安心してつながって次に進んでいけるようなところなのだ。
(偏愛大学はそんなところからやりたいと思い始めた企画だし、演劇を10年も続けてきたのは劇団という主体的コミュニティとしての場の力を感じていたということもある。)

そんな意味での、一期一会のシルクロードの果てのオアシスね。
いい感じ。
シルクロード方式だから欧米のような国境線もない。
気持ちで伸びたり縮んだりするボーダーライン。
そして、蜃気楼があるから一般人はたどり着けない笑。

「磁力がある」コミュニティってどうやったらできるものなのか。

磁力に相当する強い芯や核があること、それがなんちゃって国王?の役割なのではないかと。
好奇心が人並み外れている「私」の存在が場を形成する。リアルでもオンラインでも。
私が「楽しそうに生きている」こと、私がみんなとやりたいと行動すること、私が出会いたいと発信する気持ちをあきらめないこと、そしてそういう面白くてイノベーティブな場所が生まれたら、関わってくれる人を全力で大切にすること。
プレイング管理職ならぬ、プレイング国王だな笑。

最近なぜか無意識のブレーキがたくさんかかってしまっていて、心身辛いなと思うことがあったけど、誰も止めていないし、コロナはいつかなくなるものだから、謎の悲観ばかりしていちゃいけない。無気力に襲われるのは夜に色々やろうとするからに違いない、ということで、4時起きをはじめることにした。緊急事態宣言中は出勤までほぼ4時間。時間は豊かに十分にある。

学べ。出会え。行動しろ。発信しろ。

いまはとてつもなく、場所に、人に、出会いたい。
そしていつもの面白い人たちに会いたい。
フィールドワークの企画がしたい。

この気持ちをエネルギーに変えて、今自分ができることを考えていこう。
イスラームの講座はテンションが下がっていて、しばらくやれないかもしれないが、シルクロード 全体での「旅と思想(シルクロードで育った宗教たち)」という観点でならすぐに話せるかもしれない。畿内には、それらの軌跡を感じられる場所が宝物のようにたくさん残っている。だからこの一年は、大阪を中心に渡来のことを探究し続けてきた。緊急事態宣言が明けたら歩きたいところはたくさんある(密とは程遠いマイナーな場所ばかり笑)。

世界に出たい。

それはもちろんだ。この苦しい状況でそう思っている人は私だけでは無いはずだ。

でも、たとえいますぐ世界に出られなくても、日本において歴史も世界もグローバルもイノベーションも感じられる場所がたくさん眠っている。
コロナは、日本が世界とどのように関わって育っていったのかを教えてくれた。
そして、トルコがイスラームという既成概念を覆す世界を私に教えてくれたように、日本が単一民族国家であること、戦後の現代がスタンダードであることがすべて幻想に過ぎないことを教えてくれた。

確信しているのは、世の中で一般に常識と教えられることは、高確率で非常識である。
俯瞰的に捉えることができず、切り取られたり、一面的にしか見られていないことが多いからだ。
マーケティングと広告と政治的意図で埋め尽くされた現代はなおさらである。
自分で世界と多面的につながっていく力、自分で地に足をつけながら座標軸として世界を感じていく力、
世界の動きを歴史の流れを参考指標に長い目で見る力は、水を飲むように世界の全てを自分ごととして立体的につなげていく面白さを追いかけることで少しずつ身についてくる(世相や権力や思想の変遷が表れている「宗教」は特に勉強になる)。

まだ見ぬ面白い世界の扉を前に、わくわくする豊かな気持ちを忘れないように。
イフタフ・ヤー・シムシム!

イフタフ ヤー シムシム!〜未知の世界への扉を開くには〜

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