2021-02-03

日本の古代クロスカルチャーフィールドワークに魅せられて

コロナで移動制限がおきるまでは、いろいろ古代からのクロスカルチャーな場所ばかり訪問していた。
大阪、京都、奈良、滋賀、そしてできれば今後名古屋や岐阜にもいきたい。

それにつけても渡来のフィールドワークという観点では、大阪は格別におもしろい。
当時は水路が交通手段であったがために、河川沿いにたくさんの史跡が残っている。
それをGoogle マップでピン留めしていくと、川沿いになるのだ。

大阪が「水の都」とよばれるのは、古代には河内湖という大きな内陸湾があり、そこから川で京都や滋賀、奈良へとつながっていたためだ
。そこから、奈良や京都の都にかかわってきた渡来人たちが玄関口として住まいを構えたところが大阪であり、さらに後世になってもそのまま中国や朝鮮半島のアジアの人たちが多数残る場所となった。

なかでも、親日として知られていた「百済」の足跡を辿るのはとても面白い。
天王寺や、枚方、そして奈良にも関連のある史跡がある。

考えてみれば、大陸のどん詰まりであり、文明の墓場とも言われるエンドポイントの日本に多くの大陸の亡命人がながれてきたことは、日本にとってはとてもラッキーだったのかもしれない。そのひとたちが、日本で第二の祖国として生き残っていくために財力や政治力で外戚関係をつくり氏族の基盤を築いていく様子を見ていると、「日本が単一民族国家」というイメージはほんとうに幻想なんだなと改めて感じる
。むしろ、祖先は渡来の人たちで構成されてるといってもいいぐらい、彼らは帰化して日本文化形成に寄与していった。

そういったことをずーっと辿っていくと、教科書で習う歴史が本当に偏った見方であることに気づかされる。自分の足で稼いで見て考えて気づいていく方が千倍面白い。

そういったことも、今後何かかたちにしていけたらいいなとおもっている。
(いまはコロナなのでフィールドワークの企画はできないけれど、わたしのいくところはいつもマイナーすぎて人がいないので、今後の様子次第では少人数ツアーなどで試せるかもしれない。)

最後に、大阪の地名は漢字は後付けで、音から形成されている。という匂わせるようなひとことでしめくくっておく。
(ちなみに、漢字と音声がイコールな地名が多いのは奈良。ただし読めないのは一緒笑。)

これからそれぞれのフィールドワークとそれにまつわる面白い歴史の繋がりについても少しずつ書いていきたいと思います!

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