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2019-12-28

愛すべきアラビックな文化とサルタチャレンジ

サルタが恋しいと言う話をした。

私を虜にするイエメン料理〜サルタへの愛の賛歌〜

 いままで正直イエメンやオマーンの区別もきちんとついていなかったわたしだが、イエメンの食がトルコの影響を受けて特殊であること、日本を除いて広くアジアで親しまれていることを考えると、どんどん興味が湧いてきた。そして、ここしばらくのテーマであった、東南アジアを含む「海のシルクロード」にもぴったりあてはまる港町と貿易で栄えてきた由緒ある場所であることを再認識した。

 私のクラスメートの一人がイエメン出身でオマーンに移り住んでいる少年(ティーンエイジャー)なのだが、彼は好奇心旺盛で年齢の割に妙に博識であるがゆえに、文化とか政治とか色々な話題について話すのが楽しかった。彼もまた、スピーキングがナチュラルであるのに文法とライティングが超苦手という典型的なアラビックの学生だった。「口から生まれてきた」というのは失礼にせよ、商いと交易の土地で生まれているだけあって、話すこととネットワークを作ることにおいてはやっぱり達人だなあと感心させられる。

 イエメンやオマーン、サウジなどのアラビックの留学生は、家庭が裕福であるがゆえに、高校生ぐらいのまだ全然英語ができない状態で語学学校に送り込まれている。大事に育てられている彼らの特徴は、限りなくマイペースであること(時間や約束に無邪気にルーズ)と、話好きでスピーキングの上達が異様に早いことと、集中力が続かず文法やライティングが苦手なことだ。一方で、そりゃ全然知らない言語を全然知らない言語で教えられたら、どうしても退屈するよなとも思う。(海外の語学学校において、生徒がわからなさすぎてコミュニケーションが成立しないエレメンタリーと、生徒がわかりすぎて話を聞かないアドバンスドほど教えにくいクラスは無い。先生の立場を考えただけで頭が痛いし、学びたいと思って参加している学生としてもそんな環境でモチベーションがあがるはずがない(笑)。)

 私の後半の午前中の授業を持ってくれていたイギリスの先生は、午後のエレメンタリーのアラビックの生徒たちがあまりにも話を聞かずにアラビア語で騒いでいたために、白板に

 

RESPECT!!!

 
 と書いて「この言葉の意味を辞書で引いて学べ!!!」と思わずキレちゃったと言う話をしてくれた。しかし、彼らはまだ言語運用能力がないために何か話そうとすると、辞書を使わずに全文Google翻訳を使ってしまう。そんなわけで、翌日から白板に「No Arabic & No Google translate」という張り紙がされ、授業中にアラビア語を話すごとに1リンギット徴収されるスパルタシステムが生まれた。が、残念なことに羽振りの良いアラビックのご子息達はそれほどお金を払うことを気にしない。そのため、結果的にそこそこまとまった金額が貯まってしまうので、週末に先生がその資金でドーナツなどを買って生徒に還元してくれるようになり、一部の人たちから「アラビックファンド」と呼ばれるようになってしまったそうだ笑。いーなー、面白すぎる!!

 そういったことからも彼らとの経済格差を目の当たりにするわけなのだが、日本は日本で比較的学生の方が社会人よりもお金に頓着しないように感じた。サウジの学生のようにアップルの最新機種を全額キャッシュでポンと買ったりはしないが、食事や身の回りのものなどにおおらかさとゆとりを感じる笑。むしろ企業から派遣されていたり、自力で来ている社会人のほうが日々の食事代や生活費の金額を気にするなど倹約に努めているようだ(まあ金銭感覚が違うのは当然だけど)。私は日本人としては多分中間ぐらいのレベルだなーと思うのだが、生活に対しては割とケチだったように思う(食べ物を除いて)。結局、独房のような狭い簡素な部屋も最後まで変更せず過ごしたし、そもそもその部屋だってWEBサイトでの価格表の表記ミスから交渉で月80ドルほど安くしてもらっていたし、移動も徒歩か電車がベースだし。しかしその分、旅に使っていたのでめっちゃ相殺されていると思うけどw。

 おっと、脱線しまくりな話を元に戻さなければ。

 アラビックの子達がさすがにアラビックだなあと思う点もあって、自分の最終日などにはパーティーでご飯をクラスメイトに振る舞うとか、ドーナツを買ってきてあげて語学学校の人たちみんなに振る舞うとか、大人じゃなくても何か大きなことがあれば食事をみんなに振る舞うことが板についている。そういうことが当たり前にできる文化がカッコいい。トルコでも最初は感動したけれど、やはり生まれながらにして、ご縁のあった客人をもてなす文化を受け継いでいるんだなあと実感する。どの国にいてもイスラーム文化のそういうところが好き。でも一方で、自分たちの文化を愛するあまり、他国の料理や文化を客観的に良いものとして受け入れるのには慣れていないから、マレーシアにきても馴染みのあるアラビックレストランばかり行ってしまいがちだ。そうやってなんども地元のお店に通うから、お店の人ともすぐ仲良くなっちゃって、気づいたら「兄弟、兄弟」と言うぐらい仲良くなっている。そうすると、よくも悪くも同胞の付き合いが中心になってくる。

 だが、先ほど話に出た私のクラスメートのイエメン出身の博学の男の子は、好奇心旺盛で時事問題に詳しい上に、小さい頃から驚くほどたくさんの国々に連れて行ってもらっているせいか、おそらくいままでいろんな国で会った中で一番ユニークな愛嬌のあるアラビックだった。(顔はベビーフェイスで可愛らしく、女子としてはフサフサまつげがとっても羨ましいがジェントルマンな少年。)

 彼は普通にインド料理に行くし、日本料理にも付き合うし、イスラームや自身の文化を深く愛していても大々的に主張せず異文化を尊重するし、日本のことにおいては日本人よりも詳しいし、「客観的」に物事を捉えるのに長けていると思う。自国の良さに止まらずにたくさんの世界を見ているからこそ、等しく客観的でフラットな視野が養われるんだろうなあといつも感心していた。でもそういった真面目で早熟な面と、まだまだ若くて世間知らずな面がなんだかアンバランスで面白い。彼のおかげで彼の住んでいるオマーンと、彼の出身国であるイエメンについてもものすごく関心を持って、いつか行きたいなと思うようになった。将来は確か外科医になりたい(人の役に立ちたいしお金も欲しい)ということだったので、どうか頑張って欲しい。(ただし、「私が彼の叔母さんに似ている」と言うのは、何となく自分の年齢を実感させられるのでどうかやめて欲しい笑)

 そんな彼も通いすぎてとうとう根をあげた、私のイエメン料理(サルタ)への愛なのだが、やっと先日試作品を作ってみた。

 ふつーに美味しかった。
 ・・・・・が、なんか色々違う。

 初めてだったということで色々課題点を見つけてしまった。卵の扱いと、羊肉の扱い、あとスパイスを放り込むタイミングと、日本のレシピにはなくてマレーシアで食べたサルタには入っていたオクラの扱い、あと土鍋の扱い。カセットコンロのガスがなかったので、仕方なくIHで小さい鉄製の鍋で煮込んだのだが、雰囲気は近いけれど、食感と野菜のサイズ感はまだまだ違う。水分の飛び具合はいい感じ。あと、できればやっぱり最初からパウダー状のスパイスを使った方がいいなと思った。(今回はシードしか手元になかったので、すりこぎでゴリゴリすりつぶした。香りは素晴らしかったけれど、粒感がやはり全然揃わないから微妙)

もっと研究をしなければ!!と思っていたら、気づいたら母と隣の隣のおばちゃんもサルタレシピを読んでいた。結構おおがかりになってきた笑。ちなみに、母は趣味として現在わたしが説明してスパイスセットを購入してきた肉骨茶の再現研究に忙しいようだ。

研究家族w

あー、早くこんな風なの食べたい!

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