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2018-12-07

一杯のコーヒーにも四十年の思い出〜漆黒のトルココーヒー〜

コーヒーといえば、毎回思い出す言葉がある。

Bir fincan kahvenin kırk yıl hatırı vardır.
〜一杯のコーヒーには40年の思い出がある〜

トルコの金言である。

<補足>
Bır fincan kahvenin = 一杯のコーヒーに
kırk = 40(ここでは「とてもたくさんの」という意味で使われている。日本で言う「八百万」的な)
yıl = 年
hatırı = 記憶、感情、思い出
var = ある

ほんの一杯のコーヒーでも、受けた恩はいつまでもその人の心に残る
(ほんの少しの心遣い(親切)でも、受けた人の心にはずっと残っている)

といったところだろうか。

私にとってのトルココーヒーは、ホストファミリーが淹れてくれたものであったり、友人が注文してくれたものだったり、やはり温かい親切を思い起こすことが多い。大学生時代にトルコに住み始めたばかりの時は、誰も知り合いがおらず、また予定していたインターン先がダブルブッキングで入れず、どこにも行き場がなかった。そんな不安な気持ちでいっぱいだった私を温かく満たしてくれた、優しい笑顔と一杯のトルココーヒー。あれから少なくとも十数年が経とうとしているが、私の記憶は鮮明なままだ。おそらくこれから先、死ぬまでずっと。

トルコは世界で初めてカフェが生まれた国であり(世界初のカフェ「カーネス」をイスタンブールに作ったのは二人のシリア人)、また世界中に外交手段の一つとしてコーヒーを広めて流行らせた国でもある。いまではスターバックスなどアメリカや欧米のカフェが有名であるが、トルコが欧米の外交手段の一つとしてコーヒー文化を広めたことを知っている人はそう多くない。パリでは「ア・ラ・トゥルカ」としてコーヒーのみならずトルコスタイルの食器や洋服などが流行り(一説によるとカフェにミルクを入れることを思いついたのはフランス貴族だとか)、ロンドンではカフェが生まれたことで身分の上下を超えて人々が集まり夜通し議論するようになり、「ペニー大学」と呼ばれるようになった(議論好きな男たちが夜に帰ってこなくなったので、怒った女たちからコーヒーを禁止する嘆願状が行政に提出される事件が起きたりしている)。商魂たくましいオランダでは砂糖やコーヒーの大量生産に乗り出し、イタリアでは朝早く起きるのが億劫なウェイターの憂鬱をよそに、一大ビジネスとしておしゃれなカフェが次々に開かれた。

そんなコーヒー伝道師であるトルコのコーヒーを、トルコ帰りにたまたま奈良県吉野のカフェ「Crosspot」さんで淹れさせてもらうことになった。お土産に持っていくだけのつもりだったのだが、やはりそこは実際に淹れてみないと味がわからない!ということになったのだ。

Crosspotさんについてはこちら

Crosspot

トルココーヒーは、「ジョズヴェ」と呼ばれるコーヒー用の小さい手鍋を使い、粉を煮出したものである。この手鍋、他の地域では「イブリック」と呼ばれているようであることを最近知った。

そして、コーヒー豆といえば「メフメット・エフェンディ」。

コレは缶のものだが、イスタンブールのエジプシャンバザールを抜けたところにある屋台からは香ばしい香りと活気がただよい、遠くにいてもすぐにわかるし、いつみても長蛇の列だ。トルココーヒーといえばメフメットエフェンディ、メフメトエフェンディといえばトルココーヒーと言うぐらい名前が通っている。彼らにとってトルココーヒーは奢侈品であり、特別な時、お客様をもてなす時などに飲んでいる。毎日代わりに飲んでいるのはチャイだ。一説によると、かつてはトルココーヒーが一番人気であったものの、コーヒー豆がなかなか手に入りにくくなったので、チャイに移行したらしい。(ちょうどその頃ロシアでもチャイが流行していたし、チャイダンルックというサモワール的なポットが文化として入ってきたので少しずつお茶派が増えたらしい)

別のメーカーだが、こういうのもある。これはホストファミリーがお土産に持たせてくれたコーヒーだ。

コーヒーの粉を入れ、お好みで砂糖を足す。トルココーヒーの場合、煮出しコーヒーなのであとから砂糖を足すと味が変になってしまうのだ。

今回はクラシカルなジョズヴェでことことコーヒーを煮る。

一度沸騰させて火からおろし、何度か繰り返す。そして、下に沈殿している粉をコーヒーカップの底にいれ、その後上澄みをカップに足す。あとから口をさっぱりさせられるようにお水も忘れずに添える。

そして!砂糖の代わりにお菓子があれば添える。トルコのお菓子といえばロクムやハルヴァである。今回のロクムは、私の一番好きな老舗ハジ・ベキルのザクロのロクムと、ヘーゼルナッツのロクム、そしてピスタチオのチョコがけロクム。ハジ・ベキルはチョコレートでいうゴディバみたいな存在だ。また、ハルヴァはホストマザーがお土産に買ってくれたA4の板状のナッツをペースト状にして落雁にしたようなお菓子だ。(意外とハルヴァ人気が高くて驚いた)

こんな具合にクロスポットさんがロクムも上手に切り分けて盛り付けてくれた。

トルコで買ったトルココーヒーカップ。デミタスコーヒーに近い、小さなお皿付きカップである。こちらは今回は使わず。

たまたま、お店を借りてトルココーヒーの味をみてもらうつもりだけだったのに、結果的にCrosspot常連のお客さんたちにも2〜3人の方に飲んで食べていただくことになったのだった。私の大好きなコーヒーを、私の大好きなお菓子であるロクムとともにドキドキしながら出したものを「美味しい!」と喜んでくれたのはとても嬉しい。おしゃれなクロスポットさんの厨房カウンターに入らせてもらえたのもすごく楽しくて、とても幸せだった。以前、東京でシルクロードカフェを1日やったときも、ペルシア料理の夕べをやらせてもらったときも、初めて出会ったお客さんと一緒に美味しい時間と文化を共有できて、こんな喜びを感じたのを覚えている。お勘定のときにも「ごちそうさま」と笑顔で言ってもらえる嬉しさ。きっといつまでも変わらず嬉しいんだろうな。

ああ、やっぱりトルココーヒーには40年の思い出がある。
それは、コーヒーを振る舞う側にとっても、ご馳走になる側にとっても、相手のことを想う素敵なゆったりした時間は心に潤いを与えてくれる。

ちなみに、Crosspotさんが淹れてくれるコーヒーやホットドッグにもそんな心遣いが溢れているから余計に美味しく感じるのだと思う。

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