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2018-06-01

つながらない自由を求めて〜テレポーテーションの罠〜

スペインに旅した時に、クロアチアのニコラ•テスラさんのエコエネルギー研究の深みと、オイルマネーの圧力にまつわる都市伝説から派生した量子力学絡みの話を現地ガイドさんがしてくれ、そのスケールの大きさに衝撃を受けたのを思い出した。

物質を構成している分子よりも小さな単位である、光子への分解と再組成の法則について。形状記憶させた光子が異なる場所で正しく再組成されると、テレポーテーションとなるという、近未来。

それは、映画の「チョコレート工場の秘密」みたいな世界だろうか。

なんらかのアクシデントで再組成に失敗した時のリスクが、そのうち整形とか外科に生かされたりしていきそうな感じ。

だが、転送後の再組成のタイミングで全ての人体情報が収集解析されるとともに、行政と絡んだネットワーク会社がこっそり情報の足し引き(最適化)をやるようになって、サービスの普及と共に無意識のうちにだんだん自分ではない、政治体制やマーケティングの維持に好都合な自分になった人間が増えていく。もっと言うと、不都合な人間は意図的に転送後の光子情報の再組成をわざわざ失敗させてゾンビのような廃人を作り恐怖を煽ることもできそうだ。

だいたい、一瞬で正しく再組成、なんて本当に可能なのだろうか?形式的に光子が元どおりに再組成されたとして、本当に元の考えの元の能力の自分に戻れるのだろうか。そこにスキミングや改ざんは起きないのだろうか。

そうではなくても、環境変化と適応のプロセスという「時間の経過と移動」による経験の重みを、極端な短縮またはカットをすることによって失っていく感覚は実は結構多いのではないか。

物事に自分からわくわくしないのは、情報やサービスの受け取りに慣れ、五感が刺激されなくなってわくわくセンサーが鈍ってきているということもあるかもしれない。

旅や暮らしについても同じことではないかと思っている。特に旅は、五感を目覚めさせ、感受性を高めやすいと思う。中世の西洋貴族の子供などは遊学と言いつつ、ぶらぶら放浪の旅をする期間を設けられたのは、安全な日常から自分を切り離し、普段刺激を受けにくい環境の中で、意図的に社会見学的な刺激を作る必要があったという理由もある。

量子力学の発達によって自分自身がネットワークの管理下に置かれる時代が来るかもしれない。そこでひとは、旅において「つながらない自由」と、それをかなえてくれる場所を求めるようになっていくのかも知れない。

これで一本小説書けそうだな笑。

テスラのふるさと、クロアチアに行きたい。

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