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2017-05-15

イラッとするのが当たり前だと割り切れる度量の深さ

いらっとする。

今動けないことに。

予想はしていたけど予想以上にきつくて

イラっとする。

ストレスフリーなストレスがたまると過食に、、というわけでなく、単に実家が喜んで食べさせるのと、実家のある場所には車がない限り何もできる場所がないため、および近しい友人もいないがため、そしてインターネットも繋がらないため、

家にいることが多く、家のことを何かしようとすると母の許可が必要なのでなかなか動けない。

結果、部屋でひたすら読書かスマホをいじる。

そのために、イライラと体重が増すのだ。

さらに、もはや普通のコミュニケーションが取れなくなっている祖父母の面倒をみながら毎日を過ごしていると、長らく自宅に引きこもることになれていないので、このまま自分の爪もキバもヤル気もどろどろに溶けて無くなってしまいそうな漠然とした不安にかられる。

ならば何か趣味をー、というところだが、

料理はおばあちゃんが気にするし、

プラ板は誰かとやるからこそ面白いし、

動画もだれかとやったり発信できるから面白いし、ダンスや語学は大阪行かないと民族系とかはないし、自由大学的な文化コミュニティはないし、そもそも実家離れて大阪に出掛けるのが最寄りの駐車代や電車のお金やらで3000円はかかるし、一日中家を空けると祖父母が心配やし。

また、そういった悩みを話せるような近しい人がまだ近くにいない。

そういう人は、東京にはいっぱいいる。

当たり前だ。

もともと日本の全てが集まる場所でほっといてもどんな人も情報も集まってくるので、自分さえ行動すれば、誰でも確実に出会えるし、どんな情報も調べられるし、なんでもお手軽に低コストで実現できる。それが東京でできないとか、やりたいことがみつからないと思ってる人がもしいたとしたら、怠慢だと思うし非常に勿体無いとも思う。東京でさえ出来なければたぶん日本中どこででも実現できないだろう。

だから何でもやってみる。

「人生の経験全てが肥やし」と演劇でも言うよりうに、たとえ出来なくて恥ずかしい思いをしたとしても、自分の経験の引き出しが増える。

その引き出しが増えれば増えるほど、世の中や世界との結節点や関心が増え、それらが自分ごとして血肉になっていく。

そうすれば夢中になれるストックがふえていく。

それがひいては自分の有りたい生き方を見直すことや、やりたいことの精緻化に繋がっていく。

何もやってみずに普段通りの生活のままで「本当の自分探し」なんてできるはずがないのだ。

そういう何かを始めるときに、初めからうまくいくことを期待しないことが肝要だ。はじめにうまく行かないのは当たり前だし、それを恥ずかしいと思う必要もない。

自分では何もやらずに、やってうまく行かないひとを見て恥ずかしいと思う人の方が、私にとってはよほど恥ずかしい。

それぐらいの心構えで、あとは東京にいる時間が有限である自覚があれば、自然と物事へ足が動くようになってくるし、もし自分の好奇心(生きる上でワクワクする気持ち)を探す意欲のある人ならわたしが一緒にうずくものを見つけてあげたい。

才能も技量もないわたしでさえ、いろんなものに出会い感化されてきた結果に新しい生活を始めようと決心したのだから、日常生活がつまらないとか、仕事ばかりでどう関心を育てていけば良いかわからないと思ってる人が、生きる面白さを探求してくれるようになったら、もっとたくさんの革新が世の中に起きると思う。

話が脱線したww

とまあ、こういう環境で10年がむしゃらに積み上げてきたからこそ、一つ一つの経験や付随する交友関係が宝物となったのに、もっとインフラも人も少ない地方で、数ヶ月やそこらで10年と同じレベルにしたいなんて到底無茶な話で、それをさらにインフラ面から作ろうとしていることに対する自覚と計画がもっと必要なのである。

ちゃちゃっとやって出来ると思うなよ、

ということだ。

分かってるし。そんなこと。

頭では。

が、感覚がまだついていかず、なまじ環境適応能力が非常に高いだけに、そのまま何も進まず今の生活に溶けてしまうことを漠然と怖いと思っている自分がいるのだ。

今までのように期限を切って機能的に行動に繋げて追い込めるのは、1人暮らしで都市に住んでいたからだ、と改めて思った。

つまり、適応の仕方を考えなくてはいけなくて、地方と家庭にうまく寄り添うように根本から方法を変える必要がある。

都市で機能するやり方、地方で機能するやり方。

都市よりも地方のほうが時間もお金もかかるのは当たり前。

だからいますぐ全て思い通りに行くはずがない。

であるならば、まずパッションが動くことからどうやって今実現することができるかを考えて動くことが先決。

そこで行き着いたのが、同志と機動力とネット。

昨年冬から受けているコーチングのコーチさんに「分かっていたことやけど、両手両足に重石を付けられて海に落ちた気分」と伝えたが、まさにそのとおりで今は、浮くための強い意志を持ち続けない限り、何もしなくても自然と沈んでそのまま息絶えそうになってしまう。

もし自分を動かしたいなら、大阪や京都や奈良市などの都市部と、地元での両方の活動基盤や友人関係、信頼関係をしっかり作ることだ。

いまは橋を架けるべき関西の都市部と地元の

基盤がどちらもできていないだけなのだ。

やりたいことと家庭の両立に必要な、

同志と機動力とネット。

ネットはどうにかなるし、そうなれば都市部や海外など遠方の人ともコンタクトが取れる。

機動力は、難しいが落ち着くまで近所や家庭の協力を仰ぎながらあげていくしかない。

あと車の運転技術をあげる。

そして、機動力と並行して友人やコミュニティを増やす時間とコストを惜しまないこと。コミュニティは後からでも作れるので、まずいろんな場所に出向き、いろんなひとに積極的に会う。いろんなコミュニティや現地情報を知る。

それらにかかる時間とお金は必要投資だと割り切ること。そして、失業手続きや観光業の職業訓練、留学とどのように絡ませていけるかよく検討すること。最後にお家を大切にすること。

そう。

「今はインフラ面から作っていることを自覚すること。そして、それは今まで通りの生活をしている実家にとっても負荷が非常に大きく、わたしひとりの都合だけで済む話ではなく、時間をかけて取り組んで行く忍耐と度量と意志力を持つこと。」

それが大事。

でもまあ、会社を辞めて関西で新生活をはじめる決意をしたときから、苦労することはある程度想定はしていたし。

現状、食うに困らず次の準備のための生活ができるだけでホントに有難いことです。

1日1日を大切に。

そして家族の生活も乱さずに。

どこまでやれるかやってみる。

未熟ながらも一日一歩ずつ先へ。

p.s

おうちに毎年巣を作っては失敗している

おバカなツバメ夫妻の卵が孵りました!

今年こそヘビに負けずにがんばれー!!!

私も車のフンを耐えるのだから!

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