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2016-08-03

【ウイグル2016.5】なぜ三蔵法師はお供に妖怪が必要だったのか〜パミール高原〜

2016年の5月4日 カシュガル 黄砂なし笑。

朝は寝坊したが、お通じもバッチリで、快晴!昨日までの黄砂が嘘のよう!祈りが通じた♪( ´▽`)。黄砂がないとバスからの景色がこんなに変わるんだー。喉も比較的ラク。

ガイドに、現地のローシャーテさんが加わり、一路パミール高原へ!悪路の、中国とパキスタンの国境をつなぐ中パハイウェイをひたすら突き進む。ローシャーテさんは若手ガイドでこんなに大人数を引率するのは初めてで、ガッチガチに緊張しているのがかわいい。整った顔立ちで、イケメンというてもおかしくはない。漢民族っぽいかなー。全然ガイドが慣れてなくて、結局同行してくれた王さんが説明してくれました笑。

さてカシュガルというところは、人々の顔立ちはもうパキスタンともウイグルとも中国ともつかない不思議なエリアで、

蒸し暑い。

かなり蒸し暑い。

ここへきて、相当蒸し暑い。

ホテルの部屋の中もムワッとするし、

浴室もなんだか、むわわわ〜んと、埃臭い。

さりながらも緑が多く、広い公道の両脇には水田やポプラ並木がつづいている。ここは平気だが、パミール高原では高山病にならないように、心を落ち着けていどむことにする。

事前にガイドさんから、「酸素マスクいりませんか?予約しなければ買えませんよ、あと当日どーなっても知りませんよ〜」的な警告を受け、以前ペルーのクスコで、アルパカショールの値段交渉時に店で倒れた身としてはドキドキするが、今回はもうあんなヘマをしないぞという気概と、そもそも高原にいる時間が少ないはずのバス旅なので、そのささやかで巧妙な脅しをスルーすることにした。

街では、女性もおしゃれして普通にバイクに乗ってるが、頭にスカーフ巻いて、マスクやサングラスをしている怪しい人が多い。現地人が根をあげるほど、黄砂や排ガスなどで空気が悪いのだ。

不思議な違和感なのは、旅の行程が北京時間なこと。ウルムチでも2時間、カシュガルでは北京と三時間も時差があり、日照時間や現地の人の行動も同じなので結果的に体の感覚がついていかない。ずっと時差ボケが治らず違和感のまま過ごしている感じ。いっそ、現地時間に合わせてくれたらいいのに。北京時間の9時は現地時間の6時だよ?朝も朝の、まったくもう早朝好(笑)。現地の人がラジオ体操している時間だよ。そんな時間にもう出発だよ。

さて、三蔵法師はインドに向かう途中に、ウルムチからアクス、天山山脈を超えてキルギスタン、タジキスタン、パキスタン、インドへと通り、帰り道にカシュガル、ニヤなどを通過したと言う。500km以上の孤独な砂漠と、7000mクラスの山脈を相手に、人間やめてるとしか思えない生命力。にわかに信じがたいところから考えれば、西遊記が創り出されたのも分かる気がする。

さて、中国西果ての小さなウイグル村、ウパール村に途中寄り道。

まあ、小さなといいつつ、都市部からバスで1時間半の間はトイレもないので、パミール高原目的の観光バスや国境越えの車はみんな立ち寄る。

そのせいか、村はこじんまりしていても比較的潤っているように見える。ナンや果物、シシカバブの屋台が立ち並び、店のおばちゃんがビユルン、ビユルン(らっしゃい、らっしゃい)と言って客寄せする様はさながらトルコ。活気がある。

そんな賑やかな街の片隅にあるトイレにいく。もちろん、稼ぎどころなので有料だ。数元払い、迷路のような扉のないトイレに入る。中には左右に水路が一本ずつ引かれてあり、その上には一定間隔でひとりが水路をまたいで屈める程度の幅の低い仕切りがある。つまりはかなりオープンなのだ。それゆえ、先人がいると非常に気まずく、目をあわせるか尻を合わせるかの究極の選択を迫られる。

自分はどっちに自信があるかということだろうか。ためらっている暇はない笑。

アスレチックなトイレを出たあとは、隣のCDショップで現地ポップスを聞き、ウズベクぽいミュージックビデオを見た後に美味しいハミウリを試食させてもらう。ハミウリはメロンのような食感で、甘くて本当に美味しい。メロンにしか見えない。外人が感激して、ハミウリをハミと名付けてそれだけでウリとして認知されるようになったが、種類は120種類以上ある。

ハミウリ。

南新疆に特有の大きな大きな平たいナンを横目で見て、いよいよ一路悪路なパミール高原へ。いまは目的地のパミール高原に広がるカラクリ湖まで中パ公路で片道5時間はかかるが、目下建設中の中パハイウェイが出来たら2時間程度でカラクリ湖に行けるようになる。

存在感を増す中国は、その豊かな資金力でユーラシアにシルクロードを再現中なのである。

ウパール村からバスで30分、いよいよパミール高原のふもとに!

見渡す限り、赤い山々とガタガタ道のり。中国の西の果てのカシュガルのさらに西の果てにあるキルギスタン自治区。と言っても、そそり立つパミール高原ふもとには、赤い禿山しかない。赤は鉄分によるもの。

切り立ったむき出しの禿山はすごい迫力で、バス越しでも眼前に迫る急さ。そしてところどころの絶壁が顔に見えることから、西遊記で妖怪が住んでると言われるようになったのも分かる。こわい。。。乾いた斜面には常に風がふきすさび、その音が切り立った禿山の斜面を通り抜け、怪しく鳴いているように耳に響いてくるのだ。

三蔵法師がこんな涙がちょちょぎれそうに怖い山々を、徒歩で未舗装の道なき道を彷徨いながら越えて、天竺に行ったなんて信じられない。大唐西遊記での頼りないキャラからは想像もつかないが、実在したなら、三蔵法師はオリンピック級に、もしくは更に屈強なお坊さんだったに違いない。

または、三蔵は旅の行く先々で信仰を集め、地元民に引き留められるような類い稀なカリスマ性がある人だったらしいので、本人はさほど強くなくても、オリンピック級以上に屈強で超人的な信者が巡礼を支えていたのかもしれない。

そう、妖怪だ。

バスに乗ること数時間。かなり標高も上がってきた。このへんはキルギスタンの自治区になっているそうで、想像していた通りの平たい顔族のキルギス人が、「こんなとこに、人がいるのか!?」と思うような高地で日干しレンガの家やユルタ(幕舎)に住んでいる。土産物を売りつけに来るのはイヤだが、お昼ご飯をいただいたユルタの主人は優しげで品がよかった。さっぱりしたヤギのヨーグルトや、甘い揚げパンを薄くしたような飾りのないキルギスナン、バター茶、その他は低地より取り寄せた食材でいつもの料理が出てくる。ユルタの内装はフェルトと刺繍がうつくしくて目をみはる華やかさ。お客用に作ったとしても素晴らしい出来。ちゃんと小窓のようなめくれる場所が付いていて、そこから料理を差し入れている。

標高高!

3800mにも人あり!!

3000mクラスの高地にもなると、そこにはウマや、ヤクなどが放牧されている。わたしはこの眼で、生きてるヤクを始めてみて感動。低い土地にはラクダやヒツジ、ヤギなどが耳に持ち主のタグを付けられて放されてる。

いかにも想像していたキルギス人が想像を超えた生活をしている。さすが国境。

ところで、国境付近、県境には検問所が貼られており、一人一人バスを降りてパスポートを見せて通過する。特警が銃を持っているので、非常に緊張感。通り過ぎるのはウイグル人のほかに、タジキスタンやパキスタンぽい顔立ちの人々。浅黒くヒゲが長くて、そう、まさしくビンラディンのような顔立ち。

そこでは、たくさんのビンラディン兄さん達が、ヘルメットもつけず、普通バイクに二人乗りで4000m級の瓦礫ばかりが続くガタゴト道を平気で登っていく。途中でエンコしたら一貫の終わりなのにツワモノだ。

ツワモノといえば、今回の旅のドライバーさんだ。ドライバーという職業は、運転技術のほかに至極言語知識と体力の双方を持ち合わせたタフな人でなければならない。今回非常に見直した。彼は黒くていかつい顔だが、根は優しいカザフ人のおっちゃんで、漢語、ウイグル語、カザフ語をあやつる。一日12時間近くも運転しつつ、さらにタクラマカン砂漠500kmを縦断したり、悪路中の悪路の中パ公路80km12時間を大型バスをパンクもエンストも事故もさせずに繊細にかつ大胆に独力で走りきり、新疆を半周してくれたのだ。思い出しかけてきた中国語で、おはようや、景色綺麗だね、とかありがとうとか言うと、グハハと笑ってくれて、ガイドさんに「あの子中国語話してたぜ」とか言ってくれる。ユーモアもあるし、ドライバーさんはいつも人が良い人が多い印象だ。いろんな道やいろんな人と付き合ってるからだろうと思う。しかしきつい職業だ。かろうじて砂漠公路は30分休憩を取らせるルールがあるが、日本だとドライバーを二人おかないと捕まるだろうな。

ドライバーさんと。この人はすごい。

パミール高原の山々は荘厳。自然の圧倒的な偉大さとその辺のほぼ立ち枯れながらも生きてる草にひょっとしたら根性で負けるくらいちっぽけな自分。点みたい。

そして未舗装の路は想像以上にガタゴト。

途中で霙もふってきたり、悪路にバスのタイヤに石がはさまって立ち往生したり。そんなときもドライバーさんは、ホータンでの遺跡の扉をナタで壊したように、石を打ちつけて20分ほどの格闘で見事取り除いた。なんでもできる人だ。彼がバスにもどってきたときには自然と車内が拍手に包まれた。

高山病を心配してなるべく動かず水を飲もうとするが、お茶でも水でも飲むとガッタンゴットンの揺れでハナに入る!結局体調がすこぶる良かったのと、ゆっくり標高をあげてもらったおかげで今回は全く平気だったが、中パハイウェイができたら時短される分、症状出やすくなるだろうな。何事も良し悪しだ。カラクリ湖は晴れなかったせいで、あまりうつくしく見えなかったが、むしろその前の人口ダムの湖が神秘的に白くて美しかった。空が近くて、帰り際の一瞬の晴れ間に見えた雪山が美しくて。砂漠にも、空にも、山々にも、そこを明るく生き抜いてきた多民族にも、大いなる偉大さと自分のちっぽけさを感じた。

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